2008年06月12日

1)鄭成功の生い立ち

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さて、初めに鄭成功の生い立ちを簡単に紹介しよう。

鄭成功の父の名は鄭芝龍。福建省泉州出身の海商・海賊であるが、時には明朝の招聘で明官になり、時には明に離反して海商や海賊になった。

彼は九州・平戸を根拠地の一つに身を寄せた時は、徳川家康が華人に対しての融和政策を取った時期でもあったので幕府からも優遇されていた。そしてそこで平戸藩士田川七左衛門松蔭の一人娘・松を妻にしていた。

やがて松は一子をなし、福松(帰国後に”森”と変えた)と名づけられた。後の鄭成功である(1624年)

福松は母のもとで育てられ、7歳(1631年)の時、初めて父のいる福建・泉州へ「帰国」することになった。しかし当時 、江戸幕府は婦女の出国を許さなかったので、母の松は同行せず、福松は単独で泉州へ到着した。

そこで福松は勉学を修め、童試の秀才を受けて合格し、なおその後に廩膳生の資格も得た。童試とは科挙の予備試験で、これに受からな>いと科挙は受験できなかった。また童試の成績が良かったものは、政府から奨学金が与えられたが、その学生を「廩膳生」と呼んだ。 つまり福松は優れた成績で、科
挙の第一段階を突破した、のである。

福松は、後に文武両全の優れた才能を開花させるが、それは当代一流の文学家である銭謙益に文章を学び、また元海賊であった父・鄭芝龍に軍事を学ぶという恵まれた環境によころが大きい。

その後、南京人大学(役所)にて勤めしながら、高官になる進士の科挙を準備していた矢先に、事件は起こった。



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posted by leprechaun at 21:37| Comment(0) | TrackBack(1) | 鄭成功 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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